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東京高等裁判所 昭和47年(う)1119号 判決 1974年6月05日

主文

被告人高橋仙吉に対する原判決および被告人大久保昌、同小國健、同池田正勝に対する原判決を破棄する。

被告人池田正勝を懲役一年六月に、被告人大久保昌を懲役一年四月に各処する。

被告人池田正勝、同大久保昌に対し、原審における未決勾留日数中、一三〇日を右のそれぞれの刑に算入する。

被告人池田正勝、同大久保昌に対し、この裁判が確定した日から四年間それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人高橋仙吉、同小國健はいずれも無罪。

被告人池田正勝に対する公訴事実中、昭和四六年一〇月五日付起訴にかかる競売入札妨害の点につき同被告人は無罪。

被告人山口幸一郎の本件控訴を棄却する。

原審における訴訟費用中、その三分の一ずつを被告人池田正勝、同大久保昌の負担とし、当審における訴訟費用中、その三分の一ずつを被告人山口幸一郎、同池田正勝、同大久保昌の負担とする。

理由

<前略>

一被告人高橋仙吉の弁護人広瀬功の控訴の趣意第一点、被告人池田正勝の弁護人小林健治の控訴の趣意第一点の一(昭和四六年一二月二五日付判決の事実および昭和四七年一月二八日付判決の判示第一の事実に関する事実誤認の主張)について。

弁護人広瀬功の所論は、要するに、原判決(昭和四六年一二月二五日付)は、被告人高橋が被告人池田と共同競買の形式をもつて最低競売価額による競買の申込をして競落することおよび右競落によつて将来生ずべき利益から応分の金員の配分をなすことを協定し、競売の公正な価格を害し、かつ不正の利益を得る目的をもつて談合したものであると認定したが、被告人高橋は、被告人池田と右のような協定をした事実はなく、単に双方がたがいに自己の計算において共同して競落する意思で共同競買の申出をしたにすぎず、何ら公正な価格を害し不正な利益を得る目的はなかつたもので、被告人高橋、同池田は競売実施者である執行官の監督のもとに右の共同競買の申出および共同競落をしたもので、これは法律上許された行為であつて何ら競売の公正を害する行為ではないのであるから、原判決の前記認定は事実を誤認したものである、というのであり、弁護人小林健治の所論は要するに、被告人池田および同高橋は懇意の間柄にあつたので独立してせる意思を放棄し、被告人高橋の依頼者の手前被告人池田と同高橋が共同競買の申出をしたにすぎず、被告人高橋が独立してせる意思があつたのに利益分配の話し合いのうえ右の共同競買の申出をしたというものではないのであるから談合したものではなく、被告人池田および同高橋には公正な価格を害し、不正な利益を得る目的もなかつたのであるから、原判決(被告人池田正勝ほか二名に対する昭和四七年一月二八日付)は事実を誤認したものである、というのである。

(一)  そこで考えるに、原判決(昭和四六年一二月二五日付および昭和四七年一月二八日付判決をいう。以下本項において同じ。)挙示の関係諸証拠を総合すると、原判示事実のうち、東京地方裁判所が昭和四四年一一月二六日東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在の同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四四年(ケ)第五五〇号不動産競売事件の競売に際し、浜田重幸から右事件の競買申出の委任を受けていた被告人高橋仙吉と被告人池田正勝は、それぞれ単独で競買の申出をし右の競売に付された物件(東京都北区田端新町二丁目八四番地所在の建物)を競落しようとして前記競売場に臨んだこと、しかし右物件につき競買の申出をしようとする者は被告人高橋および同池田の両名のみであつたところから、右両名は互に単独で競買の申出をするのを控え、共同で競買の申出をし、右物件の最低競売価額(五三〇万円)で競落することの意思を相通じ、競売を実施した執行官に対し共同競買の申出をし、これを共同で競落したことを認めることができる。そして、原判決は、右は被告人高橋および池田が自由競争をした場合には競落価額が上昇することを慮り、これを防ぐため互にいわゆる「せり」を控えることを相謀り、前記浜田および池田両名の共同競買の形式をもつて最低競売価額による競買の申込みをして競落することおよび右競落によつて将来生ずべき利益から応分の金員の配分をなすことを協定し、もつて前記競売の公正な価格を害しかつ不正の利益を得る目的をもつて談合したものであると認定判示しているところ、前記証拠によれば、被告人高橋および同池田において双方が互に競り合えば競落価格が上昇するであろうことおよび共同競買の方法をとればこれが回避され最低競売価額で競落できることを認識していたこと、共同競落した場合は将来生ずる利益金を配分する旨の暗黙の合意をしたことをそれぞれ認めることができる。

(二)  そこで被告人高橋および同池田の右の行為が談合に当るかどうかについて検討する。

ところで刑法九六条ノ三第二項にいう談合とは、通常の場合、公の競売又は入札において競買人又は入札者が互に通謀して或る特定の者をして契約者とならせるため他の者は一定の価格以上又は以下に付値又は入札をしないことを協定することをいうものであるところ、前記のとおり、本件は、二人の競買希望者が双方とも契約者となるため特定の価額で共同して競買の申出をする合意をしたものであるが、右合意の内容である共同競買の申出は、特に本件のように他に競争者がいなければ、原判決が判示するように、いわゆる「せり」を控える行為であり、結局自由競争を回避することになる点では、前記の数人の者の間において特定の者をして競買人とならせる協定の場合と共通の要素を包含していることは明らかである。しかしながら、数人の者の間において特定の者をして競買人とならせる協定の場合は、外観上は公正な自由競争が行われるような体裁をとりながら、実質において右の自由競争を行わない旨を通謀するもので、右の数人は競争者となるべき独立の地位にあるものであるところ、本件のように二人の者が共同競買人となる合意の場合は、二人の者は競争者としての独立の地位を失い、その間においては実質において自由競争を行わず、外観上もその旨の形式をとることを内容とするもので、その事実は競売実施者において当然了知するところであつて、前者のように外観上自由競争が行われるような体裁をとり、競売が公正な自由競争のもとに行われるものであるように仮装するものではない。また、本件のような共同競買の申出は、通常は、原判示のように、自由競争による競落価額の上昇を妨げる結果になることを認識しながら、他に競争者がなければ最低競売価額で競買の申出をすることおよび競落によつて将来生ずべき利益から応分の金員を配分することの合意のもとに行われるものであることは、競売実施者にも自ずから明らかであるところ、現行の競売法上本件のような共同競買の申出を禁ずる規定はなく、当審における事実取調の結果によれば、東京地方裁判所において本件と同じ昭和四四年中に任意競売事件で競落を許可された事件のうち、共同競買人による競落事件の割合は一七パーセントをこえており、共同した競買人の数はおよそ二人ないし八人であることが認められ、共同競買の申出を許さない旨の特別の売却条件が付されることもなかつたことが窺われる。

元来刑法九六条ノ三第二項は、公の競売等の公正を害する危険のある行為を取締ることを目的とするものであるから、同条項の談合というのも右の競売等に関する一定の協定ないし合意が競売等の公正を害すべき行為にあたるかどうかすなわち競売等に不当な影響を及ぼすべきものであるかどうかという点から解釈すべく、右の公の競売等は国又は公共団体が法令に従い公務として実施する手続であるので、右の競売等の公正を害すべき協定ないし合意というには、競売等が外観上は公正な自由競争のもとに行われるものであるような体裁をとりながら、実質上自由競争を回避し、結局競売実施者の不知の間に自由競争の実を失わせることを内容とするものであることを要するものと解すべきである。これを本件の共同競買の申出の合意についてみると、原判示のとおり、被告人池田および同高橋は、自由競争による競落価額の上昇が妨げられることになることを認識しながら、いわゆる「せり」を控え、最低競売価額で共同競買の申出をすることを合意したものであるところ、右の共同競買の申出はその実質において自由競争を行わないということではあるが、この事実は競売実施者に了知されるところであつて、しかも右は、前記のとおり、外観上公正な自由競争のもとに行われるものであるような体裁をとりながら、実質において自由競争を回避するというものではないので、これをもつて直ちに競売に不当な影響を及ぼし、その公正を害すべき行為であると解することはできず、さらに右の共同競買の申出自体その真意を欠き、事後において共同者の一方をして事実上単独競落の実を挙げさせるための一時的な方策である等公正な自由競争の実を失わせる特段の事情のない限り、これを競売の公正を害すべき行為として談合に当るものと解することはできない。<証拠>によれば、被告人池田と浜田重幸の代理人である被告人高橋は、前記競売において最低競売価額五三〇万円で競落し、その一割に相当する五三万円の保証金の二分の一宛を執行官に預け、その後被告人池田および浜田重幸は競落許可決定を受けたこと、被告人池田は、競落後同高橋および浜田重幸との間で、競落建物の転売等の交渉は被告人池田において行うこととし、浜田に対しては保証金相当の利益を配分する旨約束したが、右競落建物が借地上の建物で、所有者はすでに地代の滞納のため借地契約解除の通知を受けており、被告人池田において地主に対し借地権の復活と譲受の承認の交渉をしたが成功しなかつたので、被告人池田および浜田重幸は競落代金の支払をしなかつたこと、そのため前記競売物件については昭和四五年三月一一日再競売が行われたが競買の申出をする者がなく、さらに同年五月六日再再競売が行われ、被告人池田の依頼により共同商事株式会社代表取締役長谷川信幸が他に競争者もなかつたので、最低競売価額四二四万円で競落したこと、同日被告人池田は、右長谷川信幸から競落物件を買い受ける旨の取り決めをし、浜田重幸に対し前記の利益配分の合意の趣旨に従い五〇万円を支払い、浜田は右金員のうちから一〇万円を被告人高橋に交付したこと、被告人池田は、その後右競落物件の買受代金の支払および借受金五〇万円の返還として長谷川信幸に対し合計五八〇万円を支払つたことがそれぞれ認められ、以上のような本件競売およびその後の再競売、再再競売等の経過をみると、被告人池田および同高橋の共同競買の申出がその真意を欠いていたとは認められず、またこれが単にその一方をして事実上単独競落の実を挙げさせるための方策であつた等の特段の事情も認めることはできない。したがつて、前記の被告人池田および同高橋の共同競買の申出の合意は、競売の公正を害すべき行為として談合に当るものということはできず、これが談合に当るものとした原判決は、法律の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したものであり、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はいずれも理由がある。

二被告人池田正勝、同大久保昌の弁護人小林健治の控訴の趣意第一点の二、被告人池田正勝の弁護人西田健の控訴の趣意第一、被告人小國健の弁護人岡崎源一および同長戸路政行の控訴の趣意第一(いずれも昭和四七年一月二八日付判決の判示第二の事実に関する事実誤認の主張)について。

各弁護人の所論中共通する部分は、要するに、被告人池田、同大久保および同小國は、原判決が認定するように、西山正臣が被告人池田に対抗して競買の申込みをするため執行官の面前に進み出ようとした際、右西山の競買の申込を妨げようという意思を相通じて共謀した事実はないので、原判決には右の点で事実の誤認がある、というのであり、弁護人小林健治の所論中その余の部分は、被告人大久保は、西山の前に立つて「うちで落すんだが。」と声をかけただけで、原判示のように、西山の進行を妨害した事実はなく、また被告人小國が原判示のように西山の袖を引張り再三「おりてくれんか。」と言つた事実はなく、さらに被告人池田が西山を睨みつけたことは威力をもつて競売の公正を害したものではないので、原判決には右の各点で事実の誤認がある、というのであり、弁護人西田健の所論中その余の部分は、被告人池田が西山を睨みつけたとしてもこれだけでは威力に当らず、原判示のように被告人池田において西山に競買の申込みを中止するよう迫つた事実はないので、原判決には右の点で事実の誤認がある、というのであり、弁護人岡崎源一および同長戸路政行の所論中その余の部分は、被告人小國は、原判決のように西山の袖を引張つたり、「おりてくれんか。」などと申し向け西山の競買の申込を妨害した事実はないので、原判決には右の点で事実の誤認がある、というのである。

(一)  そこで考えるに、原判決挙示の関係諸証拠(ただし被告人池田、同大久保、同小國に共通するもの)を総合すると、原判示第二の事実のうち、東京地方裁判所が昭和四五年一一月一八日東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在の同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四五年(ケ)第六七五号不動産競売事件(競売物件東京都中野区大和町三丁目一九七番地家屋番号同町一九七番一木造瓦葺二階建居宅一棟所有者広田秀雄)の競売に際し、被告人池田、同大久保および同小國は右競売場に臨んでいたこと、被告人池田が競買の申出をするため競売を主宰する執行官の面前(競買人の立つ柵内)に出たこと、株式会社住友協会代表取締役西山正臣(昭和五年三月二日生)が同じく右の競買の申出をするため前記執行官の面前に出ようとしたとき、被告人大久保が右西山の前面に立ち、両手をひろげ、同人がこれを避けて左あるいは右に動いて進もうとするや同じく左あるいは右に動いて同人の進行を妨げたこと、西山が右の被告人大久保を払いのけて執行官の面前に進み出た後まだ競りが始らないうちに被告人小國も同じく執行官の面前に出てきて西山の脇に近づき、同人に対し「おりてやつてくれないか。」と言つたこと、被告人池田は西山と競り合つて競買の申出をしたが、その際西山を睨みつけるような様子をしたことがあることは肯認することができる。

原判決は、被告人小國の行為として、西山が執行官の面前に進み出るや、被告人小國は、右西山の身辺に体を近寄せ、「池田さんがやるのだからおりてやつてくれ。」と申し向け、同人がこれを拒み、同人と被告人池田との間に競りが開始されたのになお右西山の袖を引張りながら再三執拗に「おりてくれんか。」と申し向けたと認定しているところ、なるほど、証人西山正臣の原審公判廷における供述には、執行官の前に立つとすぐ被告人小國が出てきて、「おりてやつてくれないか。」というので「私の方は客がついているのでだめなんだ。」といつたら、同被告人は一度はさがつたが、競つている間に二度ほど私の袖を引張り、「どうしてもおりてくれんか。」と強くいわれた旨の右認定事実に照応する供述部分があり、また同証人は当審公判廷においても、被告人小國は執行官の面前の同証人のところに何度も来ており、左に来たことも、右袖を引張られたことも、後ろを引張られたこともある旨供述している。この点について被告人小國は、警察官および検察官の取調、原審および当審公判廷における供述を通じて、自分は甘利から競買申出の委任状と保証金のための現金を預り競るつもりで執行官の面前に出て行つたが、同所にいた西山に対し、「西山さん利害関係があるのかね。」と何回か聞いたところ、西山は「地主の関係だ。」と答えたので、地主の関係者と競り合つても仕方がないと思い、そのまま引き下つたにすぎない旨供述しているところ、証人西山正臣の原審公判廷における供述中には、西山が被告人小國に対し「地主からの依頼なのだ。どうしてもおりられないのだ。」といつた旨の供述もあるところからして、被告人小國と西山との間に右の被告人小國の供述にあるような言葉のやりとりがあつたことは認められるが、被告人小國の司法警察員(三通)および検察官(二通)に対する各供述調書並びに原審公判廷における供述、被告人池田の原審第五回公判廷における供述によると、被告人小國は、昭和三〇年ころ以来不動産競売ブローカーをしているもので、同じく不動産競売ブローカーである被告人池田とは親しく交際しており、競売に際し互に対抗して不動産を競り合うことは避ける間柄であつたこと、しかも本件の競売物件については事前に調査をして競買申出をすることを予定していたわけではなかつたことが認められるので、前記のように、すでに被告人池田と西山が執行官の面前に出て競買申出をしようとしている状況を見たのに、単純に自らも右両名と競り合つて競買申出をしようという考えだけで前記のとおり執行官の面前に出て行つたものとは思われず、西山に対し同人がどういう理由で被告人池田と競り合つて競落するつもりであるかを確かめる目的とこれに応じて一種の駆け引きをする意思があつたことが窺われ、前記の証人西山正臣の原審公判廷における供述のうち、被告人小國に対し、競りからおりられない旨理由を加えて応答した点の供述部分は素直に供述していることが窺われるので十分信用することができ、被告人小國が西山に対し「おりてやつてくれないか。」といつたという事実はこれを否定することはできない。しかしながら、証人西山正臣の原審公判廷における供述によると、被告人小國は西山からどうしてもおりられないのだといわれてそのまま納得した様子で引き下つたことが窺われ、前記の同証人の供述にあるように、その後被告人池田と西山が競り合つているうちに一度ならず二度までも被告人小國が執行官の面前(前記の柵内)に出てきて西山の袖を引つ張り、「おりてくれ。」というような行動に出る契機となる状況は認められないし、被告人池田の原審第五回公判廷における供述には、被告人小國は一旦執行官の面前に出て来た(もつとも西山より先に)が、被告人池田に対し「池田さん関係があるのか。」と聞き、同被告人が「本人に頼まれた物件だ。」と答えたところ、そのまま引き下つた旨の供述があるが、再び被告人小國が出て来た旨の供述はなく、また、被告人大久保の原審第四回公判廷における供述には、被告人小國が執行官の面前に二回出て行つたという趣旨の供述があるが、右の二回とも競りの始る前で、保証金に当てる現金らしい物を持つて行つたのは二回目であるというのであつて、これも前記の証人西山の供述とは符合せず、なお右供述中には被告人小國が西山の袖を引いたことを窺わせる供述はなく、当裁判所の検証調書によれば、前記不動産競売場の競売を主宰する執行官席と西山、被告人池田らが競りのため立つていた柵内の位置との間は約1.3メートル前後であつて非常に接近しており、さらに証人小國清秀の原審公判廷における供述によれば、同人は本件競売を主宰した執行官であるが、競りを行つている際には右の執行官面前の柵内に競買人以外の者が立ち入ることは許さず、右柵内で競買人の競買申出を妨害するような動作をする者があれば現認できる状況にあり、本件競売に際し右のような競買申出を妨害するような動作を行つたのを現認した記憶はないというのであるので、これらの点から考えると、前記の証人西山正臣の原審公判廷における供述中、被告人小國から競つている間に二度ほど私の袖を引張られ、「どうしてもおりてくれんか。」と強くいわれたという供述部分は当審公判廷における供述では一層強調されているが、いずれも直ちに措信することはできない。そしてその他には原判決が認定した被告人小國が西山の袖を引張りながら再三、執拗に「おりてくれんか。」と申し向けたという事実を肯認するに足りる証拠はない。

(二)  ところで刑法九六条ノ三第一項に威力を用いるとは人の自由意思を制圧するような勢力を示すことをいうものであつて、暴行、脅迫に限られるものではないが、被告人らの行為が右の威力を用いたというに当るかどうかを検討する。まず、前記の被告人大久保が西山の前面に立ち、両手をひろげ、左右に動いて同人の進行を妨げた行為について考えると、被告人大久保の原審および当審公判廷における各供述によると、同被告人は「うちで落すんだが。」といつて西山の前に立つたにすぎないというのであり、右被告人大久保および証人西山正臣の原審並びに当審における各供述によると、被告人大久保は昭和四四年一〇月ころから昭和四五年七月ころまで西山正臣が代表取締役をしていた株式会社住友協会に雇われ、同人の下で不動産競売関係の仕事をしていたというのであるが、右のような事情を考慮しても、被告人大久保の前記行為は単に説得の目的に出たものであるとはいえず、右各供述および被告人池田の原審第五回、第七回(ただし被告人池田の関係で)各公判廷における供述によると、被告人池田は不動産競売ブローカーとしては西山より数段上の経験と実績があつて、東京地方裁判所の不動産競売場では名前がよく知られていたことが認められ、被告人大久保は自己が右のような被告人池田の勢力下にあることを背景として前記の行為に出たものであることが認められ、しかも右の行為は西山が競売を主宰する執行官の面前に出るのを妨げ、ひいては同人が競買の申出をしようとする意思を抑制するに至るべき行為であつて、威力を用いたものであるということができる。もつとも、前記のとおり、西山は現実には右の競買の申出をしようという意思を制圧されず、被告人大久保を払いのけて執行官の面前に出て行き、被告人池田と競り合つて競買の申出をしたのであるが、これによつて被告人大久保が威力を用いて公の競売の公正を害すべき行為をしたことを否定することはできない。次に、前記の被告人小國が西山の脇に近づき、同人に対し「おりてやつてくれないか。」といつた行為について考えると、証人西山正臣の原審公判廷における供述によれば、被告人小國の西山に対する言葉は普通の声で、おつかないという気持はなく、いやだなという程度の気持を抱いたが、どうしてもおりられないのだと説明したというのであつて、被告人小國の前記の言葉および態度自体には威圧的な或いは威勢を示すというようなところがあつたとは認められない。なるほど<証拠>によると、被告人小國は、不動産競売業者であつた実父を見習つて昭和三〇年ころから独立して不動産競売に関する仕事をするようになり、同業者の中では顔役的存在であつた高橋仙吉とも懇意にしており、被告人小國自身東京地方裁判所の不動産競売場においては広く名が知られ、その経験と実績は西山より数段上であつたことが認められるが、証人西山の前記供述中、被告人小國が前記競売場において我が物顔に振舞つていたかのように供述する部分は、多少誇張した供述であることが窺われ、また証人西山および被告人小國の前記各供述によると本件の二、三か月前に或る競売物件について競売場外で西山から同人が競落しようとしていることを聞かされ、被告人小國とその実父が競買の申出をするのをさし控えたこともあつたことが認められ、後記のとおり、被告人小國が被告人大久保および同池田との間で西山が競買の申出をするのを妨げようという意思を相通じて競売妨害の共謀を遂げた事実は認められないので、被告人小國の西山に対する前記の言動は精精駆け引きの程度で、西山の競買の申出の意思を制圧し、或いは原判示のように競買申出を中止するよう迫つたものであるということはできない。さらに、被告人池田が西山を睨みつける様子をしたということについて考えると、<証拠>によると、被告人池田が西山を睨みつける様子をしたのは二人で競り合つた際競りの終りのころというのであり、前記の本件競売について被告人池田は競売物件の所有者から依頼され、同人の内妻名義の委任状を持つて右競売に臨み、西山は右建物の敷地の所有者との関係で右競売に臨み、最低競売価額が四〇三万円であつたところ、被告人池田が五五二万円で競落するまで両者は競り合い、しかも西山は相当小刻みに競買申出価額を上げていつたというのであるから、被告人池田が不満を覚え、顔付がけわしくなつたであろうことは推察に難くなく、前記証人西山の供述のように睨みつけるような様子であつたというのはあながち否定することはできないが、しかしそれ自体が威力に当るとみるのは早計であるといわなければならない。弁護人西田健の所論指摘のように、本件の起訴状(被告人大久保、同小國に関しては昭和四六年六月七日付、被告人池田に関しては同月一七日付)記載の公訴事実には、「かねてより被告人らはいずれも暴力団松友会の関係者であることを知つて被告人らに畏怖の念を抱いていた」西山をして競買の申込を中止させるべく迫りと記載されていたところ、原判決は右のかつこ内の事実を認定しなかつたのであるが、前記各証拠によると、西山は被告人池田の実弟が暴力団松友会の幹部であることを知つており、同被告人がそれまで前記競売場に若い従業員を連れて来ていたところを見たこともあつたことが認められるものの、被告人池田が本件当時右の松友会に関係していた事実はなく、また西山はもと一〇年間近く警察官の職にあつた経歴を有し、競売業者の旅行会に被告人池田らと三回位参加したことがあるというのであるから、西山が被告人池田らを畏怖していたとは認められないし、本件競売における競り合いの状況は、証人西山の原審公判廷における供述によると、同人は五五〇万円まで競るつもりでいたところ、被告人池田が五五二万円で競買申出したので、競り合うのをやめたものであることが認められ、右状況からは西山は被告人池田に対し何ら臆するところはなかつたものと認められる。したがつて以上のようにみてくると、前記の被告人池田が西山を睨みつけるような様子をしたことは単に不満を表わす目付であつたものというべきで、後記のように、被告人池田は、被告人大久保に対し競りに出ようとしている者があれば出ないようにしてくれといつていたのであるが、被告人池田に執行官の面前に出て競り合いを始めた後においてまで相手に競買の申出を中止させようと迫る意思があつたものとは認められず、その後は競り合いを続けるほか仕方がないと思つていたことが認められるので、前記の被告人池田の睨みつけるような様子、態度をもつて威力を用いて公の競売の公正を害すべき行為をしたものと断ずることはできない。

(三)  そこで、被告人池田、同大久保、同小國が原判示のように、「西山が競買の申込みをするため執行官の面前に進み出ようとするや、被告人らは意思を相通じて共謀のうえ、右西山の競買の申込みを妨げようと考え」たかどうかについて検討するに、原判決に被告人池田および同大久保に対する関係で挙示してある諸証拠を総合すると、被告人池田は、原判示の日に前記不動産競売場に赴く途中において、被告人大久保に対し、本件競売物件につき競りに出ようとしている者があれば出ないようにしてくれと指示したことが認められるが、右証拠および当審における事実取調の結果によると、西山が執行官の面前に進み出ようとした際、被告人池田はすでに右の執行官の面前に出ており、被告人大久保はその約三メートル後方右側の長椅子の間の通路にいたもので、被告人池田は西山が右通路を通つて執行官の面前に出るため被告人大久保のいた地点まで来た状況は現認してはいないことが認められ、その際被告人池田と被告人大久保が右西山の競買申出を妨げようという意思を相通じた事実は認めることができない。また、原判決が被告人小國に対する関係で挙示している証拠を総合すると、被告人小國は、西山が前記通路を通つて執行官の面前に進み出ようとした際の状況を現認しておらず、同被告人が見たときにはすでに被告人池田および西山は執行官の面前に出ていたことが認められ、西山が執行官の面前に進み出ようとした際被告人小國が被告人大久保および同池田と西山の競買申出を妨げようという意思を相通じた事実は認めることができない。そして、前記証拠によると、被告人小國が事前に被告人大久保および同池田と本件競売物件についての競売妨害の共謀を遂げていた事実もないことが認められる。なお、原審記録中の被告人小國の司法警察員に対する昭和四六年五月一八日付、同年六四日付各供述調書、原判決挙示の同被告人の検察官に対する同月七日付供述調書および原審公判廷における供述によると、被告人小國は競買申出をするため保証金用の現金を持つて執行官の面前に出る途中被告人大久保に対し「どうなんだ。」と尋ねたところ、被告人大久保は「うちでどうしても欲しいんだ。」と答えたというのであるが、被告人小國は、当審公判廷において、右は同被告人の記憶違いのようである旨供述し、また被告人大久保は原審および当審公判廷において、被告人大久保と被告人小國との間で前記被告人小國の供述のような言葉のやりとりをした事実はない旨供述しており、当審における事実取調の結果によれば、被告人大久保のいた位置と被告人小國が執行官の面前に出るため通つた通路が反対側にあることを考えると、右のような言葉のやりとりがあつたかどうかについては疑問があり、また仮に右事実が認められるとしても、右の言葉のやりとりで西山の競買申出を妨害する意思を前記の原判示の時点においてすでに相通じ合つていたものとは認められない。さらに、被告人池田の原審第五回公判廷における供述によると、被告人池田が執行官の面前に出た後、被告人小國が出て来て「池田さん関係があるのか。」と聞いたので「本人に頼まれた物件だ。」と答えたら、そのまま被告人小國は引き下つたというのであるが、右供述によると被告人小國は西山より先に執行官の面前に出て来たことになり、他の関係証拠と符合しないし、被告人小國は原審および当審公判廷において、右被告人池田の供述のような言葉のやりとりをした事実はない旨供述しているので、右被告人池田の供述は直ちに措信することができず、仮に右事実が認められるとしても、前記のような西山の競買申出を妨害する意思を相通じ合つたものとは認められない。その他原審記録中の被告人小國の関係で適法に証拠調を経た証拠を精査しても、被告人小國が被告人池田或いは被告人大久保と本件競売についての競売妨害の意思を相通じるために話し合うなどした状況は認められない。すなわち、被告人池田、同大久保および同小國の三名が、原判示のように、西山が執行官の面前に進み出ようとした際に同人の競買申込みを妨げようという意思を相通じて共謀を遂げたという事実はこれを認めることができない。なお、前記のとおり、被告人池田が原判示の日に前記不動産競売場に赴く途中において被告人大久保に対し本件競売物件につき競りに出ようとしている者があれば出ないようにしてくれと指示したことが認められ、これに前記のような被告人池田が所有者の依頼により是非競落しようと考えていたこと、被告人池田と被告人大久保の関係、被告人大久保が現実に競売妨害の行為に出たことなどを考え合わせると、右被告人両名の間では、強い威力を用いることまでは含まれなかつたとしても、被告人大久保がなした程度の威力を用いて競売の公正を害すべき行為を行うことの意思を通じ合い共謀を遂げたものと認められる。

以上のとおり原判決は被告人池田、同大久保および同小國の三名の共謀を認定した点、被告人小國および同池田の行為が西山に競買の申込みを中止するよう迫り、威力を用いてする公の競売の公正を害すべき行為に当ると認定した点はいずれも事実を誤認したものであり、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はいずれも理由がある。

三被告人池田の弁護人小林健治の控訴の趣意第一点の三(被告人池田ほか二名に対する原判決判示第三の事実に関する事実誤認の主張)、被告人山口の弁護人上山義昭の控訴の趣意第一点、第二点(被告人山口ほか二名に対する原判決判示第一の事実に関する事実誤認および法令適用の誤りの主張)について。

弁護人小林健治の所論は、要するに、被告人池田は、単に西山に対して罵声をあびせただけで、脅迫した事実はなく、青木宏之、中村好明の脅迫的言辞、多少の暴行は被告人池田の意思とは何ら関係なく行われたもので、原判示のように被告人池田が青木、中村との間で数人共同して暴行、脅迫を加える意思を通じたことはなく、仮に被告人池田と青木、中村との間に右の共謀があつたとしても、被告人池田は実行行為を行つていないので実行共同正犯として数人共同して暴行、脅迫を加えた事実はないので、原判決はこれらの点で事実を誤認したものであり、本件訴因については責任はないというのであり、弁護人上山義昭の所論は、被告人山口は、原判示のように立腹したことも、被告人池田から「二度と裁判所に来れないようにやつちやえ。」といわれたことも、「うちのおやじが出た時せつたらただじやおかんぞ。」と語気鋭く申し向けたこともなく、被告人山口はむしろ青木宏之、中村好明を制止したもので、被告人池田と事前に共謀し、或いは被告人池田が青木宏之、中村好明に命じて西山に暴行、脅迫を加えさせた事実も知らないのであるから、原判決が被告人山口も共同して暴行を加え、脅迫したと認定したのは事実を誤認したものであり、また原判決は、被告人山口が被告人池田、青木、中村と「互いに意を通じた」事実はないのに共犯の責任を問うものである点で法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで考えるに、原判決(被告人池田ほか二名に対する原判決および被告人山口ほか二名に対する原判決)挙示の関係諸証拠を総合すると、原判示事実中被告人池田正勝、同山口幸一郎、青木宏之、中村好明は東京地方裁判所が昭和四五年一一月一八日午後二時四〇分ころ、東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四五年(ケ)第六七五号不動産競売事件の競売に際し、株式会社住友協会代表取締役西山正臣(昭和五年三月二日生)が同事件の競売物件につき被告人池田に対抗して競買の申込をし被告人と競り合つたことに立腹していたこと、被告人池田、同山口、青木、中村は同日午後三時過ぎころ、同区日比谷公園一番六号軽飲食店「日比谷パレス」屋外店舗に赴き、同所で休憩していた右西山を認め、被告人池田において右西山に対し「おい住友の餓鬼、なんであんなにせるんだ。」と怒鳴つたこと、青木、中村において椅子に腰かけていた西山の背広の襟を掴んで引張りあい、こもごも「この野郎こつちへ来い。」などと語気鋭く申し向けたこと、西山が席を立つて帰りかけた際、被告人池田において「おい住友の餓鬼もう帰るのか。」と申し向けたこと、青木、中村において同所前の路上に出た西山の背広の襟および腕を掴んで引き止めたこと、被告人山口において「これから社長(原判決が「おやじ」と判示したのは誤りであるが、趣旨としては異るものではない。)が出たときせりに出るとただじやおかんぞ。」などと語気鋭く申し向けたことは十分これを肯認することができる。なるほど前記証拠によると、被告人山口は、前記の競売に直接関係したわけではないので、被告人池田ほど立腹していたとは認められないが、被告人山口は、被告人池田の実弟で暴力団松友会の幹部である池田栄一の若い衆で、池田栄一が同日被告人池田から借り受ける予定の現金を代りに受け取るため、同じく池田栄一の若い衆である青木、中村を連れて前記競売場に被告人池田に会いに来たもので、前記の被告人池田と西山の競り合いの状況を見て多少立腹したことは原判決挙示の被告人山口の司法警察員(昭和四六年六月八日付)および検察官(同月一七日付)に対する各供述調書によつて明らかである。また原判決は、被告人池田が被告人山口らに「二度と裁判所に来れないようにやつちやえ。」と言い放つたと認定しているところ、証人西山正臣の原審公判廷における供述、被告人山口の前記司法警察員および検察官に対する各供述調書には右認定に照応する供述があるが、青木宏之の司法警察員(同月一二日付)および検察官(同月一六日付)に対する各供述調書、中村好明の検察官に対する同月一四日付供述調書、被告人池田の司法警察員(同月一〇日付、同月一四日付)および検察官(同月一六日付)に対する各供述調書によると、被告人池田は西山に対し「二度と競売場に来れないようにしてやる。」と大きな声でいつたというのであつて、原判決挙示の関係証拠によつて認められる当時の状況は被告人池田が専ら西山に対して発言を続けていた状況であつて、被告人山口および青木、中村に暴行、脅迫を命令するほどの険悪な状況であつたとまでは認められないので、被告人池田は西山に対し「二度と競売場に来れないようにしてやる。」といつたものと認めるのが相当である。したがつて、この点に関する原判決の前記認定は事実を誤認したものであるが、原判決が認定している被告人池田の西山に対する言動、青木、中村の西山に対する言動、被告人山口の西山に対する言動はいずれも原判示のように、西山の身体にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して脅迫したものと認めるべく、原判決が認定した青木、中村の西山に対する暴行とともに、被告人山口および青木、中村らが被告人池田の当初の西山に対する言動から被告人池田の意思を察知し、ここに数人共同して暴行、脅迫を加えることの意思を相通じ、前記の各行為に及んだことが認められるので、前記の点の原判決の事実の誤認はいまだ判決に影響を及ぼすものとはいえない。その他記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、原判決に各所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りは認められない。論旨はいずれも理由がない。

四被告人大久保の弁護人小林健治の控訴の趣意第一点の四(被告人大久保ほか二名に対する原判決判示第四の事実に関する事実誤認の主張)について。

所論は、被告人大久保は、原判示第四の日中袴田勝義と円満に話合をしようという意思であり、同判示のように、同人に対し「命知らずの若い者がいるとか柱をぶつこわしてやる。」などといつた事実はなく、橋本和男の態度が多少険悪になつたので、被告人大久保はこれを止めたほどであり、中袴田を脅迫する意思は全くなかつたのであるから、この点で原判決は事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係諸証拠を総合すると、原判示第四の事実は、被告人大久保らの中袴田勝義に対する脅迫文言中「おれのところには命知らずの若い者が大勢いるから夜中でもおしかけて追い出してやる。店の柱をぶつこわして風が吹けば家が倒れるようにしてやる。」という部分をも含め、被告人大久保が橋本和男、森下紀義と共謀のうえ、中袴田に対し同判示のような文言で怒鳴りつけ、同人の身体、財産に対しいかなる危害をも加えかねない気勢を示して、数人共同して同人を脅迫した事実は十分これを肯認することができる。なるほど前記証拠および当審における事実取調の結果によれば、右の中袴田に対して被告人大久保らが立退かせようとしていた建物(ガソリンスタンド)は鉄筋コンクリートブロック造陸屋根平家建事務所兼作業所であるから、前記の「店の柱をぶつこわして風が吹けば家が倒れるようにしてやる。」という脅迫文言はその内容につき客観的な実現の可能性があるかは疑問であるが、しかし前記証拠によれば、右文言は、被告人大久保らが中袴田に対し気勢を示している状況の下で相手方を脅迫するため思わず口をついて出た言葉であるとみられ、右のように実現の可能性は疑わしいとしても、右は通常人を畏怖させるに足りる文言であつて、原判決の認定に誤りはない。なお原判決は、宅地付ガソリンスタンドは池田正勝が昭和四五年一二月一六日千葉地方裁判所松戸支部において競落したものと認定しているが、原判決挙示の関係諸証拠および当審における事実取調の結果によると、池田正勝は同年九月一六日に右宅地付ガソリンスタンド(正確には松戸市古ケ崎四丁目三、五七七番一宅地925.61平方メートル、同所同番地一家屋番号三、五七七番一鉄筋コンクリートブロック造陸屋根平家建事務所兼作業所床面積103.09平方メートル)を競落したが、代金を納付せず、同年一二月一六日の再競売においては池田商事株式会社(代表取締役池田正勝)が競落したものであるので、原判決はこの点で事実を誤認したものといわなければならないが、右の事実は単に動機に関連するにすぎないので、判決に影響を及ぼさないものというべきである。また原判決は、被告人大久保ほか二名が池田正勝と共謀のうえ、前記の脅迫をしたものであると認定しているところ、原判決挙示の被告人大久保の検察官に対する昭和四六年七月二九日付、同年八月五日付各供述調書謄本、橋本和男の検察官に対する供述調書謄本には、池田正勝は事前に被告人大久保らが原判示の脅迫を行うことを知つていたはずであるとの供述記載があるが、原判決挙示の関係各証拠を総合すると、被告人大久保および橋本和男は池田から中袴田に対する前記競落建物(ただし当時は代金未納付)の明渡の交渉を委されたもので、被告人大久保が原判示の日の前日右交渉の状況等を池田に報告した際に、場合によつては強い態度で右の交渉に当ることも池田と被告人大久保の間では互に諒解していたことは認められるが、原判示のような脅迫行為に出ることの共謀を遂げていたものと断定するのは躊躇せざるを得ない。そこで右の点で原判決には事実の誤認があるといわなければならないが、右は単に共謀のみにかかる共犯者池田に関する事実で、他に共犯者がいる場合であるので、右の誤認はいまだ判決に影響を及ぼさないものというべきである。その他記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

五被告人山口の弁護人上山義昭の控訴の趣意第三点について。

所論は、被告人を懲役一年二月および罰金二〇万円に処し、その刑の執行を再度猶予しなかつた原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで原審記録を調査し、当審における事実取調の結果を合わせて検討するに、被告人の本件犯行は、原判示第一のように、被告人池田ほか二名と互に意思を相通じ、西山正臣に対し数人共同して暴行を加え、同人の身体にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して脅迫し、同判示第二のように、他二名と共謀のうえ、中央競馬の競走に関しいわゆる呑み行為をして勝馬投票類似の行為をさせて利を図つたというもので、そのうち重い同判示第二の罪については被告人山口が主動的な役割を果したこと、被告人山口に昭和三五年一〇月以降昭和三九年七月までの間に暴行、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、傷害の罪で四回罰金刑に処せられ、昭和四四年四月および昭和四五年一二月に賭博罪で二回罰金刑に処せられ、昭和四四年一二月賭博開張図利幇助の罪で懲役八月、三年間執行猶予に処せられた前科があること、本件各犯行は、右の執行猶予の期間中の犯行で、他人の射倖心を利用して利得を得ようとする意味で右の前科の犯罪と類似した犯罪であること、被告人が暴力団に所属していることなどを考え合せると、被告人の責任を軽視することはできず、被告人の年令、職業、家庭の状況等被告人に有利な事情を斟酌しても被告人を懲役一年二月および罰金二〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないところであつて、右刑の執行を再度猶予すべき情状があるとはいえないし、またその刑期を減ずるのを相当とする理由もない。論旨は理由がない。

そこで被告人高橋仙吉、同池田正勝、同大久保昌、同小國健に関するその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条、(被告人高橋、同池田についてはさらに三八〇条)により被告人高橋に対する原判決および被告人池田、同大久保、同小國に対する原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

(被告人池田正勝、同大久保昌につき、原判示第二の事実にかえて当裁判所が新たに認定する罪となるべき事実)

被告人池田正勝は不動産の売買、仲介等を業とする池田商事株式会社の代表取締役で裁判所における競売不動産の競落および売買等に従事し、被告人大久保昌は右会社に雇われ被告人池田を補助していたもので、東京地方裁判所が昭和四五年一一月一八日午後一時から東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在の同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四五年(ケ)第六七五号不動産競売事件(競売物件東京都中野区大和町三丁目一九七番地家屋番号同町一九七番一木造瓦葺二階建居宅一棟一階62.80平方メートル、二階38.01平方メートル、所有者広田秀雄)の競売に際し、被告人池田は福沢幸子を代理して競買の申出をしようとしていたものであるが、被告人池田と被告人大久保は、被告人池田に対抗して競買の申出をしようとする者に対し威力その他の手段を用いて右申出を断念させることを共謀のうえ、同日午後二時四〇分ころ、同競売場において、株式会社住友協会代表取締役西山正臣(昭和五年三月二日生)がすでに右競売を主宰する執行官の面前に出ていた被告人池田に対抗して競買の申出をするため同じく右執行官の面前に出ようとしているのを認めた被告人大久保において、右西山の進路に立つて両手をひろげ、これを避けて進み出ようとする同人の動きに対応して左右に移動するなどして同人の進路をふさぎ、右西山が執行官の面前に出て競買の申出をしようとするのを妨害し、もつて威力を用いて公の競売の公正を害すべき行為をしたものである。

なお被告人池田正勝、同大久保昌に対するその余の罪となるべき事実は原判決が認定したところによる(被告人池田正勝に対する原判示第二の事実を除く。)が、被告人大久保ほか二名に対する昭和四七年一月二八日付原判決判示第三に「同人の面前で右山口らに『二度と裁判所に来れないようにやつちやえ。』と言い放ち」とある部分および被告人山口ほか二名に対する昭和四六年一二月二一日付原判決判示第一に「同人らの面前でかたわらの被告人らに『二度と裁判所に来れないようにやつちやえ。』と言い放ち」とある部分を削除し、被告人大久保ほか二名に対する原判決判示第二および被告人山口ほか二名に対する原判決判示第一に「うちのおやじが出たときせつたらただじやおかんぞ。」とあるのを「これから社長が出たときせりに出るとただじやおかんぞ。」と訂正し、被告人大久保ほか二名に対する原判決判示第四の三行目に「右池田正勝」とあるのを「池田商事株式会社(代表取締役池田正勝)」と訂正し、同七行目「と共に、右池田正勝」とあるのを削除する。

(当裁判所が新たに認定する罪となるべき事実に関する証拠の標目)<略>

(法令の適用)

当裁判所が新たに判示する被告人池田、同大久保の所為は、刑法九六条ノ三第一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの。以下同じ)に、被告人大久保ほか二名に対する原判決が確定した被告人池田の原判示第三の所為は、包括して暴力行為等処罰ニ関スル法律一条、刑法二〇八条、二二二条一項、六〇条、罰金等臨時措置法一条一項二号に、被告人大久保の原判示第四の所為は、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条、刑法二二二条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項二号にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人池田、同大久保の以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、被告人池田については重い原判示第三の罪の刑に、被告人大久保については重い原判示第四の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期範囲内で、被告人池田を懲役一年六月に、被告人大久保を懲役一年四月にそれぞれ処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中各一三〇日をそれぞれ被告人池田、同大久保の右刑に算入し、被告人池田、同大久保の本件各犯行の動機、罪質、態様、被害の程度、被害者の被害感情、右被告人両名の反省の態度、前科歴、年令、職業、健康状態等の諸事情を考慮し、刑法二五条一項を適用し被告人池田、同大久保に対しこの裁判が確定した日からいずれも四年間右各刑の執行を猶予することとし、刑訴法一八一条一項本文を適用して原審および当審における訴訟費用中、その三分の一ずつを被告人池田、同大久保の負担とする。

(被告人高橋仙吉、同小國健に対する無罪および被告人池田に対する無罪部分の理由)

被告人高橋仙吉、同池田正勝に対する昭和四六年一〇月五日付起訴にかかる公訴事実は「被告人高橋仙吉は、東京地方裁判所が昭和四四年一一月二六日、東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在の同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四四年(ケ)第五五〇号不動産競売事件の競売(最低競売価額五三〇万円)に際し、浜田重幸の委任を受け、同人の競買代理人として右競売物件につき競買の申込みをしようとしていた者、被告人池田正勝は、右競売に際し、自ら競買人として同様競買の申込みをしようとしていた者であるが、同日前記不動産競売場において、右競買の申込みをしようとする者が被告人ら両名のみであつたところから、被告人両名が自由競争をした場合には競落価額が上昇することを慮り、これを防ぐため、互にいわゆる『せり』を控えることを相謀り、よつて、前記浜田および被告人池田両名の共同競買の形式をもつて最低競売価額による競買の申込みをして競落することおよび右競落によつて将来生ずべき利益から応分の金員の配分をなすことを協定したうえ、両名において、前記最低競売価額で競落し、もつて前記競売の公正な価格を害し、かつ不正の利益を得る目的をもつて談合したものである。」というのであり、被告人小國健に対する公訴事実は「被告人は、大久保昌、池田正勝と共謀のうえ、東京地方裁判所が昭和四五年一一月一八日午後一時から東京都千代田区霞が関一丁目一番二号所在同裁判所不動産競売場において実施した同裁判所昭和四五年(ケ)第六七五号不動産競売事件の競売に際し、同日午後二時四〇分ころ、同競売場において、株式会社住友協会代表取締役西山正臣が同事件競売物件につき、右池田正勝に対抗して競買の申込をするため、執行官面前に進み出ようとするや、大久保において右西山の進路に両手をひろげ、あるいは左右に移動するなどして立ちふさがつてその進出を妨害し、同人が右大久保のかたわらをすり抜けて執行官面前に出るや、池田正勝において右西山をにらみつけ、被告人小國において右西山にすり寄つて、「住友さん、おりてやらないか」と申し向け、さらに同人と池田との間でせりが開始されるや、被告人小國において右西山に対し、その右袖をひつぱりながら執拗に「あれは池田さんが落すんだからおりてやらないか」等と申し向けるなどして、かねてより被告人らはいずれも暴力団松友会の関係者であることを知つて被告人らに畏怖の念を抱いていた右西山をして競買の申込を中止させるべく迫り、もつて、威力を用いて公の競売の公正を害すべき行為をしたものである。」というのである。

しかしながら、前記説示のとおり、被告人高橋仙吉および同池田正勝に対する前記公訴事実は罪とならず、被告人小國健に対する公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するので、刑訴法三三六条によりいずれも無罪の言渡をする。

被告人山口幸一郎の本件控訴は刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、刑訴法一八一条一項本文を適用し、当審における訴訟費用中三分の一を同被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(脇田忠 西村法 福嶋登)

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